イメージ(相馬主計編)

本日も「カフェだんだら」へのご来店、誠にありがとうございましたm(._.)m


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相馬主計さんは新選組最後の隊長(局長)です。

最後の隊長ということからもわかると思いますが、箱館まで戦い生き残った隊士です。

私が相馬主計さんに興味を持ったのは、中村彰彦さんの小説「明治新選組」を読んでからです。


事実がどうかは不明ですが、とても衝撃的な最期だったと言われていて、相馬さんの名前を見たり聞いたりするたび何とも言えない切ない気持ちになります。


謎が多くわからないことも多いですが、私が思う相馬さんのイメージはものすごく真面目で責任感の強い人だったように思います。


相馬さんは近藤局長が新政府軍に捕らえられた後、助命の嘆願書を託されて届けに行きますが同じく捕らえられてしまいます。

近藤局長と同じく処刑されるところでしたが、局長が命だけは助けてやってほしいと嘆願し処刑されることはありませんでした。


その後、脱走し再び戦い続けます。

そして最後の箱館戦争で土方さんが亡くなった後、新選組最後の隊長になったと言われています。


降伏後、新島に流罪となり謹慎生活を送り、新島の女性と結婚して、赦免後は妻とともに江戸に戻り生活を始めます。


全てが終わり、新たな生活を始めたはずなのに、何故なのか…それはある日突然の出来事のように、妻が外出中に割腹自殺を図ったと言われています。


妻には「他言無用」と厳命していたようで、妻も何も語らなかったため、事の真相はわからず、謎の最期となっています。


割腹自殺が本当だとしたら相馬さんにいったい何があったのでしょうか。


明治になり時代が変わり全てが終わったわけではなく、相馬さんの中では何も終わってはなく、心の中でずっと戦い続けていたのではないかと思うんです。


それは一度、近藤局長に命を助けられ、最後は自分が新選組隊長となり、その責任もものすごく感じていたのではないでしょうか。


そして、やはり割腹するというのは何も語らずとも武士だったそれに尽きると思います。


最後まで武士であることを望んだのだと思います。



新選組最後の隊長ですから。



相馬さんが流罪されていた新島には相馬さんの碑があります。


さながらに そみし我が身は

わかるとも 硯の海の 深き心ぞ


島を離れる時に相馬さんが詠んだ和歌だそうです。


島では刀の代わりにいつも扇子を腰に差して姿勢を崩すことはなかったそうで、誠の文字が入った扇子の碑もあるそうです。



相馬さんに興味持ち始めてからずっと思っているのですが一度行ってみたいです、新島。


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